出来事なり考えたことなりを言葉で表現して、アイディアとして定着させることは、将来のアウトプットに備えてとても役に立つし、アイディアを整理するうえでも必要なことだと思う。英語で日記を書くというのもその効用から思いついたこと。書いておかないと忘れてしまうし。しかし、言語化できる過程というのは脳で行われていることのごく一部である。言葉に置き換えようのないような、別の種類の、スキルの向上に類似した過程というか、要するに、今までできなかったような事ができるようになるというような、あるいはわからなかったことがわかるようになるというようなことが、意識の範囲外で確実に起こっている。この過程に興味がある。そういうことをサルの実験で示している人もいるから驚きだ。言語の能力も、この意識できない過程に拠るところが大きいと思う。mental lexiconなんていうけど、言葉の意味がわかるということは、辞書の説明を読んでわかるということとは全然違う。言葉の意味が何故わかるのかはよくわからないのである。

またN君が日本の雑誌を送ってくれた。前も書いたかもしれないが、日本語の意味はほとんどパーフェクトにわかるということは、とても不思議なことである。英語を勉強した記憶はあるけど、日本語を勉強した記憶ってあまりない。

あと木村カエラのCDも送ってくれた。KAELA (通常盤)これはイイ!



オレは渡米以来学ぶことばかりしようとしていたが、そろそろもう少し自分の頭で考えてみようと思う。