職場の隣の部屋にいるSさんは高齢者だ。たぶん80代後半。現在隆盛のニューロイメージングの基礎となる非常に重要な仕事をした人だと聞いていたが、よくは知らなかった。挨拶はするけど、あまり話したことはなかった。僕の部屋のサーモスタットが彼の部屋にあるので、もうちょっと温度上げてくださいとかそんなことしか話したことがなかった。数日前、僕のボスがSさんの最近書いた短い総説を送ってくれた。この道60年の彼の自分史のような内容。これがえらく面白い。ただ勉強になるだけではなく、現在常識と受け止められているようなことをまっこうから否定したりしてる。論旨は明快で、どう考えてもSさんの書くことのほうが信用できる。今日思い立ってちょっと質問しにいったら、まあその話のおもしろいこと。見た目は老人なんだが、少年のような純粋さで真剣にご自分の研究について語ってくれた。それが、とても新鮮な内容なのである。未知の現象につきあたり、それに粘り強く取り組んで新しい事実を発見した人がもつ説得力なのだろう。気鋭の若手Lさんとその後話したが、彼も同じ総説を読んで同じように感じたらしい。今ちょっと酒が入ってるので恥ずかしげもなくこんなことを書くのだが、妥協せずに真実を追求するっていいなーと思う。僕のボスがこの総説を送ってくれたのは、そういうことを僕に教えるためだったのかもしれない。僕のボスも80代の高齢者。彼らからみたらインパクトファクターなんてほんとうに些細なことなのである。Sさんとの会話は、医学生のときから今にいたるまでずっと避けて通ってきた退屈な生化学に息を吹き込んでくれた。「クエン酸回路」がいま生き生きとして見える。なんか宝物を発見したような気分。